EBMの哲学
『臨床決断:エビデンスだけでは決して決まらない』
肩関節周囲炎を例として考えてみたいと思います。40代男性、普段は会社でデスクワークを中心に働き、妻と2人の子供を養っています。患者は2ヶ月前より持続的な左肩から上腕への痛みを感じ始め、ここ最近徐々に挙上や外旋といった動作が難しくなってきました。近所の整形外科を受診したところ、肩関節周囲炎の診断が下され。担当した理学療法士も機能障害の動態から肩関節周囲炎の炎症期であると判断しました。
肩関節周囲炎のようなごく一般的な整形外科疾患であれば、十分なエビデンスを集めることができます。おそらく多くの理学療法士が平均的な予後を伝え、継続的な保存的治療を選択するのではないかと思います。また2013年に米国理学療法士協会によって最も効果的とされた治療はステロイド注射とストレッチ・関節可動域練習の併用であり(1)、ドクターと協力しながら疼痛と可動域の管理をしていくのも良いでしょう。
ではこの患者がⅡ型の糖尿病を合併していたらどうでしょう。合併症である糖尿病の悪化を避けるために、継続的なストロイド注射の使用は望まれないかもしれません。
次に、この患者の職業が植木屋で受診した時期が仕事の少ない冬季だったらどうでしょう。挙上が出来ないことは、この患者にとってあまりに致命的な事態であり、仕事が忙しくなる春に備えて、早期の回復が求められるかもしれません。患者と医療者相応の利害が合致すれば、関節鏡視下でのリリースを選択するかもしれません。
またこの患者が来院する前に別の診療施設を来院した経歴があり徒手療法により強い痛みを経験していたのであれば。モビライゼーションなどの徒手療法の選択ははばかられるかもしれません.
このように例え科学的エビデンスが示すものが最も効果的なものだと分かっていても、上記の例にあるように選択される治療は個人に特化した身体的情報や環境因子によっても個人にとっての最良の治療は異なってきます。
徒手的理学療法の最も権威ある協会である国際徒手療法連盟(IFOMPT)はその教育基準(2)の中で、臨床家の専門性(clinical expertise)の重要性を記しています。それによれば、Clinical Expertiseとは、臨床的な所見、患者の志向、そして科学的なエビデンスを融合して考慮することを意味するとしており、本来のEBMのあるべき姿が非常に臨床的な柔軟なものであることが分かります。
また同様にEBMの定義として最も有名なSackett(3)はEBMを以下のように定義しています。
’’the conscientious, explicit and judicious use of current best evidence in making decisions about the care of the individual patient. It means integrating individual clinical expertise with the best available external clinical evidence from systematic research.”
個々の患者のケアに関わる意思を決定するために、最新かつ最良の根拠(エビデンス)を、一貫性を持って、明示的な態度で、思慮深く用いること。つまり入手可能で最良の科学的根拠と臨床家の専門性とを融合して使っていくことを意味する。
『エビデンスのヒエラルキー』
上述したように、エビデンスの使用は極めて柔軟で臨床家の経験や患者の志向に大きく影響されます。よって患者の症状に最も合う情報を吟味する必要性があります。しかしながら、エビデンスにも階層分けがあり、優れたものほど所謂バイアスが少なく普遍的なものとなっており、できる限り情報として優れた性質を持つものから臨床適応していくことが望まれます。
よって臨床家といえど、研究デザインについては大まかな知識を持ち、その情報がどのような利点と欠点をもつのかをわきまえる必要性があります。また同時に扱いやすいデータベースを知っているということも重要になります。データベースの中でも最も有名なMEDLINEはその情報量のあまりの多さに、目的とする情報を得ることが難しいという欠点を持っています。このようなデータベースは、調べようとする疑問がより高度で限定された場合に最も効果的に扱えます。では、効率的な情報収集はどのように行うべきか?これについて「エビデンスを使う」というリストで説明していきます。
(1)Kelley MJ, Shaffer DPTMA, Kuhn MJE, et al. Shoulder Pain and Mobility Deficits : Adhesive Capsulitis Clinical Practice Guidelines Linked to the International Classification of Functioning , Disability , and Health From the Orthopaedic Section. J Orthop Sport Phys Ther. 2013;43(5):A1-A31. doi:10.2519/jospt.2013.0302.
(2)IFOMPT EDUCATIONAL STANDARDS IN ORTHOPAEDIC MANIPULATIVE THERAPY 2008
(3)Sackett DL,Rosenberg WM,Gray JA et al.Evidence based medicine:what it is and what it isn’t .BMJ 1996 Jan 13;312(7023):71-72

